株式会社アイカンパニー
代表取締役 宮守 和明
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2006年09月30日

日本馬の凱旋門賞、外伝。ディープインパクトの前に。

日本馬の凱旋門賞、外伝。ディープインパクトの前に。

とうとうディープインパクトが競馬レースの
最高峰のひとつである凱旋門賞に出走する。
現在2番人気。
もちろん、目指すは凱旋門賞制覇のみ。
それ以外はいらない。


歴代の日本馬では6頭出走しているが、唯一の一桁着順、
エルコンドルパサーの2位の結果が記憶に新しい。
後はすべて二桁着順だ
http://www.youtube.com/watch?v=JluinB37DmI

学生時は競馬が趣味のひとつになっていて、
府中に毎週原付で通っていた。
エルコンドルパサーの現役姿を何度も目にしている。
その当時、そのエルコンドルパサーをも凌ぐ馬が存在していた。


詳しい人なら分かるが、
このエルコンドルパサーが唯一日本で負けた馬がいる。


サイレンススズカである。


私はこの馬が2レース目の弥生賞でゲート内で暴れ、
外枠出走になり、スタート時に出遅れ、
それでも最終コーナーで一気に先頭に並んだあのレース以降、
ずっと目を離さずその姿を追っかけていた。
そのヤンチャさが気になってしょうがなかったのだ。


2歳(当時は3歳で表記)時は、
体が弱かったためにデビューが遅れ、
3歳時に初めてレースに出てきたものの気性の荒さゆえに、
大勝ちしたり大負けしたりとブレがあった。
ダービーにも出走したものの、惨敗。


勝つときは才能のみで勝ち、
負ける時はレースの仕方を知らないなどと罵られ、
どちらかと言えばダメ馬のレッテルを貼られていた。


しかしその時の経験で、気性を抑えるのではなく、
開放して、最初からスピードを上げて、
逃げ馬になるという選択肢が出てきた。


歴代の強い馬はどちらかと言えば、最初抑えて、
最後に差しに行くことがセオリーになっていたこの時代、
この逃げという選択肢は、一つの賭けだったと思う。


しかし、そのスタイルを覚えた4歳(つまり当時5歳)からは、
どの馬もサイレンススズカの前を
一度たりとも走ることは出来なかった。


しかも逃げ馬にもかかわらず、
なんと最後の直線でさらに加速するという
恐ろしい末足ももった馬が完成していたのである。


この特殊な逃げ馬のスタイルは、
バレンタインS、中山記念、小倉大賞典と破竹の3連覇を成し遂げ、
次の金鯱賞にあっては4コーナーを抜けた時点で20馬身差。

既に勝ちが決まってるといっても過言ではないくらい程、
後続を突き放していた。
その強さは、もう、ただ笑うしかなかった。
http://www.youtube.com/watch?v=nSMQ5FD2lIY


そして、メジロブライトやエアグルーヴ、シルクジャスティスなど
並み居るGI馬を押さえて圧倒的な一番人気に押された宝塚記念GI。
そこでも余裕を持って、期待を裏切ることなく優勝。


さらに秋の毎日王冠にて、
前述のエルコンドルパサーとの対決が実現する。
両者共に、その年一度も負けていない無敗の状態。
その年、GI以上に盛り上がった唯一のレースだったといえる。


結論から言えば、サイレンススズカの2馬身差の圧勝。

エルコンドルパサーの後に続く3着馬は、
エルコンドルパサーのさらに4馬身以上の差があったことを考えると、
その強さは計り知れないものがあった。
http://www.youtube.com/watch?v=zjWJtayAuBI

エルコンドルパサーの蛯名騎手は「影さえも踏めなかった。」
とその速さに舌を巻いた。
エルコンドルパサーが負けたのではない。
サイレンススズカが強すぎたのだ。

しかしサイレンススズカは次の天皇賞で、
ゴール直前の第4コーナーで失速。

満を持した天皇賞。
逃げ馬にとって絶好の最内枠、1枠1番。
もちろんその時も大逃げを打って、
多分最後尾まで30馬身以上の差があったのではないでしょうか。
エキシビジョンでも、その先頭から後続まで捉えるのに、
いったいカメラをどこまで後ろに下げれば気が済むのか、
という位の距離間。

3コーナー時点で、
アナウンサーが後続の馬が追いつけるのかと心配してしまう
という異例の珍実況をしたぐらいだったのだ。


しかし、4コーナーでの失速で、
府中競馬場に来ていたすべての人が悲鳴を上げた。
目を疑った。
明らかにおかしな走り。
全員の頭の中に「骨折」の2文字が浮かび上がった。
はっきり言ってスピードが出過ぎたのだったと思う。


速さゆえに、
足に負担がかかったとの見方が強いぐらい、
本当に速かった。

府中の悲劇、沈黙の日曜日。
予後不良と診断され、競走馬の性(さが)、
安楽死処分となった。
騎手の武豊のあれほどの落胆振りを見たことはないだろう。


天皇賞で勝った馬、
オフサイドトラップに乗っていた柴田騎手が、
勝利ジョッキーインタビューで
「数少ないオフサイドトラップファンのみなさん!」
とコメントしたことでも、
その時のサイレンススズカの人気ぶりがはっきりと伺える。

その後、毎日王冠で2着に敗れたエルコンドルパサーは、
スペシャルウィークやエアグルーヴを抑えて
ジャパンカップGIを圧勝。


海外遠征に名乗りを上げ、
1つは輸送直後で3着に敗れたものの、
G1をひとつ獲り、
前述のとおり凱旋門賞にて僅差の2着となったのである。


サイレンススズカは、天皇賞の後、ジャパンカップ、
そして海外遠征の予定があった。


競馬に「もし」はないのだが、もし生きていれば、
凱旋門賞を取っていただろうと言うことは、
エルコンドルパサーに圧勝していたことを考えれば
容易に想定できる。


私の人生の中で、武豊騎手に話す機会があるのであれば、
一度聞いてみたい。
サイレンススズカがどのくらい速かったのかと。
それまで乗ってきた馬の中でどのくらい速さが違ったのかと。
ディープインパクトと比べても良いのかと。


今でも思う。
サイレンススズカが競馬史上最も早い馬だったと。
凱旋門賞を日本で最初にとっていたはずの馬だったと。

さて、日本の競馬ファンにとって、悲願の凱旋門賞制覇。
イチローがWBCで優勝に導いた時と同じ感覚。
お父さんは、サイレンススズカと同じサンデーサイレンス。


ディープインパクトの最高の走りを期待しています。

余談ですが、サイレンススズカが生まれた日は、
F1最速の人、アイルトン・セナがレース中に事故死した
1994年5月1日でした。

2006年09月29日

第一クオータ終了

第一クオータ終了


7~9月は、また一つ上のステージにあがった展開になった。


前QTに対して、160%達成。


人も二人増えた。


事業構造の収束化に目処を付けた。


仕事に追いかけられる立場から、追いかける立場に変わった。

小さなステージの積み上げ。
ベンチャーのアーリーステージはこの繰り返し。


さてさて、第二クオータ突入です。
といいつつ、とりあえず増収着地にて、おめでとう。

2006年09月25日

失敗とミス

失敗とミス


ある本に書いてあった。


・失敗は良いがミスはダメ。


一瞬、同じことを言っていて矛盾しているように聞こえる。
がどうやら違うらしい。


・失敗:
やるべきことをやって成功するように仕掛けたが結果として
成功できなかった場合。


・ミス:
やるべきことをやったつもりが、不注意で成功できなかった
場合。

「やるべきことをやった」と「不注意だった」は、
結果が同じ場合でも人の成長度合いが大きく違う
ということらしい。


つまり、


「やるべきことをやった」のであれば、それを経験
としてさらに別の手段を自分ひとりだけではなく
多くの人の意見を聞いて別の方法をとる


のに対して、


「不注意」ならもう一度集中して同じことを実行し、
成功出来るかどうか試さなければならない


だから、前者のほうが成長するのだそうだ。


一理ある。
不注意から得られるものは少ない。
失敗は成功の母というが、その中に不注意は含まれない。
そしてその不注意は、ほとんどがただの確認不足や
コミュニケーション不足から生まれる。


特に「確認不足」に対して、「小さなこと」と捉えている
場合、その人の成長は著しく遅い。


成功している人は、その確認一つ一つが「成功の階段」だと
言わんばかりに慎重に動く、正確に実行する。


ベンチャーで働いている人なら、
なおさらそうやって成功確率を高くしていく。


しかし見方を変えれば、確認という「成長の階段」も
カバーできる、組織で行う仕組みなら。
そう、コミュニケーションだ。
仕組みで出来るようにする。


不注意は仕組みでカバーし、失敗は全員で共有できる組織を
作って行きたい。そう思った。

2006年09月20日

写真館がないわけ

写真館がないわけ


あるところで証明写真が必要になって
証明写真を撮りに行きました。


基本的に実家が写真屋ということもあって、
その辺りのスピード写真には納得できないので
きちんとした写真館を探すことに。


が、探せど探せどない。
百貨店を3~4つ探してみたがない。


仕方がないので、代々木にある小さな写真屋を見つけて
そこで御願いすることに。


それなりの道具はそろっているようだ。
そこでそのカメラマンに写真屋が少なくなったようだと伝えてみた。


そうすると堰を切ったように、色々出てくる。
大筋はこうだ。


デジカメに人が流れていって、写真屋に頼まない。
頼まないから顧客単価が低くなって営業が先細る。
営業が先細るから、収益が出せなくなる。
収益が出せないから、店舗への出展も難しくなる。
かろうじて土地を持っているところが生き残っている。
それ以外は、出展していたところも撤退する。
写真館が減る。


なるほど、福井の写真事情とかなり似ている。
東京なのに。


一言で言えば写真屋のビジネスモデルが既に通用しなくなったということ。

また、そこから変化することが出来なかったということ。

ただそれだけだと思う。


でも撮影自体はデジカメで撮ってくれて、データで渡してくれた。
最近はデータにして、CD-ROMで渡してくれるようです。


なんだか複雑な気持ちで店を出たが、多分私は写真屋がある限り
お願いしていくと思う。


人が介在することでのプロフェッショナル性が存在するまで。

2006年09月14日

ミクシイ上場

ミクシイ上場


笠原さんおめでとうございます!
過去のつながりはこちらにて。
http://www.icompany.co.jp/blog/2006/02/post_10.html

2006年09月07日

東洋経済 ウノウの石川さん、取材立会い

東洋経済 ウノウの石川さん、取材立会い


本日、取材立会いでウノウの代表取締役、石川さんのところに訪問してきた。
弊社からの取材紹介案件で東洋経済新報社の取材だ。


特集は、「なぜ今若者はベンチャー企業に就職していくのか」という
ビジネスキャリアもの。


取材の中で普段の石川さんとは別の顔が垣間見れて面白かった。
掲載紙面は10月7日号の誌面にて。

石川さんとはかれこれ8年以上のお付き合いになる。
現在でも時々、色々と相談に乗って頂いており頼れる尊敬する先輩だ。
最初の出会いの場所は1998年、サイバーエージェントに入社した時。


アルバイトにもかかわらず猛烈に働いていて、かつとても穏やかで紳士で
それでいて営業成績が凄まじく、役員の日高さんと競っていたぐらいだ。


そう、石川さんはあの「渋谷ではたらく社長の告白」に出てくる
第一号社員になった人です。


いつも営業の同行をしてもらい、色々なアドバイスをもらってきた。
現在の私の営業姿勢の一部は石川さんに叩き込まれて出来たものでもある。


ある営業先への同行の時に、石川さんがこんなことを言ってくれた。


「オレたちは今さあ、こっそり水面下で電通を追いかけているんだよね。
 これからかなり面白いことになるよ。いや、ホント面白いよ。」


どこまで本気かは分からなかった。
まだ、藤田さんと日高さん、残りはアルバイトしかいなかった時期。


今では笑い話に出来るが、当時はアルバイトながら真剣に自分たちが
やっていることが面白かったし痛快に思えた。


しかし、あの時の痛快さは今でもしっかりと私の根底に焼きついている。
そして、違う形で、アイカンパニーらしい形で追及していく方針だ。


アイカンパニーとして第二の創業をしている訳だが
こういうワクワク感や夢は常に追いかけていたい。


そして実現する。


こういう意識を共有できた先輩たちとこれからの時代を作っていける
ことに感謝したい。

2006年09月06日

そういえば9月1日で、創業から一年。

そういえば9月1日で、創業から一年。


なんて早いんだろう。


すっかり設立日そっちのけで仕事してます(笑)。


それにしても一年は早い。
そして、ずいぶんと環境が変わったものだ。


オフィスは間借りしていたし、基本的に一人でした。
事業も考えはあったもののほとんど形になっておらず、
ホームページもありませんでした。


それで一年前の手帳を見てみた。
真っ黒。結構その時も忙しかったんだなと。
一年前の9月6日には「会社概要作成」なんて項目が書いてあった。


これだけ変わったのだから、次の一年後はもっと楽しみだ。
メンバーも倍以上になっているだろうし、オフィスも移転している。
事業ももっとクオリティの高いものにしているだろうし
取引先も数倍に膨れ上がっているだろう。
グループ会社も出来ている。


さて、また一年先を見据えて頑張っていきましょう。


※今日は祖父の誕生日。
例のごとく、花を贈りました。


母から、携帯の写メール(最近もこう言うの?)で、
元気な祖父母の喜んでいる写真が送られてきました。


それはそうと、母が携帯を使いこなしている現象を見て
なにやら世の中が少し変わった気がしました。

2006年09月01日

急成長中な人たち

急成長中な人たち


新しく入ってきた人たちに、仕事を教える時間が増えている。

ほぼ毎日、新しい仕事を教えているわけだが
ものすごい勢いで吸収していると感じる。

何かの歯車が一気に回転し始めてきた予感。


正直、自分で仕事をしている時よりも、
人に教えている時のほうが楽しい。


その成長自体を目の当たりに出来るからかもしれない。


吸収していけるからこそ、いろんな理解が進む。
理解が進むからこそ、新しい発見を見つける。
「もっとこうしたらどうですか?」
なんて、提案もしてくれる。

その瞬間、何かグッと来るものを感じる。
やった、そう、これを待ってたんだ、と。


今までいろんなベンチャーを見てきたし、
自分自身携わってきた。


改めて感じてみた。
そう、ベンチャーはいつもこの楽しさがある。


得意なところもあれば、
不得意なところもそれぞれある。
人間なんだから当たり前。

だから、協力して、改善して、
さらに成長していこうとする心構え。


この歯車を、もっと早く、大きく、
しかしながら、バランスをとって急ぎすぎず。


9月に入りました。
第二期、第一クオーター、最後の一ヶ月。
開始です。



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